新型コロナウイルス感染に伴う自覚症状と知られる嗅覚障害。いわゆるにおいを感じない状態です。日本感染症学会HPの資料によると、軽症のPCR検査陽性の患者204人中、嗅覚及び味覚の変化は64.4%で認められ、かつ女性の方が嗅覚・味覚障害が多かったという論文が紹介されています。また英国の14000人弱の陽性患者の調査結果でも、64.5%で嗅覚・味覚の消失が認められたとのことです。他の論文では、嗅覚消失は一か月後に46%の方が回復、42%は部分的に回復、7%は回復していないとの結果が報告されています。
このように新型コロナウイルス感染症では、嗅覚障害は半数以上の方に認められるとても起こりやすい症状の一つといえ、さらには後遺症としてやや長期に症状が残る可能性があるとも考えられます。

そもそも嗅覚障害は、カゼをこじらせたりした時に起こることが知られています。私も経験がありますが、臭いが感じないと食事が美味しく感じません。臭いを感じなくともすぐに生命に影響があるわけではありませんが、生活の質を大きく低下させる症状です。

医学的に嗅覚障害の原因は明確ではありませんが、カゼのあとの発病の他、副鼻腔炎の患者でも生じることが知られます。その場合の治療法としては抗生物質による副鼻腔炎の治療に合わせて、リンデロンなどのステロイド点鼻薬が使用されることが多いようです。
しかしながら、嗅覚障害は原因がなんであっても、なかなか改善しないことも多く、その場合には本格的な漢方薬の使用を検討しても良いのではないでしょうか。

さて漢方の理論から考えると、嗅覚障害の原因は、「痰湿」の可能性が高いように感じます。副鼻腔炎も同様ですが、不要な老廃物である「痰湿」が流れをふさぎ、そのために起きる症状であると考えます。この場合には「痰湿」を除く作用を持つ「五行草」「温胆湯」などが使われます。また、通りを良くする「辛夷清肺湯」「鼻淵丸」などを活用すべき場合もあるでしょう。
もう一点、血行不良が嗅覚神経の状態に影響している可能性も考えられます。嗅覚などの感覚器には、毛細血管が分布し、その機能に関係します。その毛細血管の流れの不調が嗅覚器官の機能を妨げていることがあると考えられるためです。この場合には、「お血」改善の漢方薬「冠元顆粒」などを使用すると良いでしょう。
また興味深いところでは、漢方薬の「当帰芍薬散」が有効であったという報告があるそうです。個人的には「なぜ嗅覚障害に当帰芍薬散?」という思いですが、「利湿」すなわち、「湿」を除く作用が多少あるため、それが効いている可能性が考えられます。しかしながら、「利湿」の専門薬は上記に挙げたような処方がたくさんありますので、基本的にはこれらを優先して使うべきであるようには感じます。

もちろん感染症の際は病院の治療が優先ではありますが、嗅覚障害に対して漢方薬を使うという手段があるということも、ぜひ知っておいて下さいね。

参考文献:●日本感染症学会ホームページ:Significant Scientific 1000 Evidences about COVID-19(https://www.kansensho.or.jp/modules/topics/index.php?content_id=38)
※G. Spinato, et. al. Alternations in smell and taste in mildly symptomatic outpatients
with SARS-CoV infection. JAMA, April 22 (online), 2020.
※ C. Menni, et. al. Quantifying additipnal COVID-19 symptoms will save lives.
Lancet, June 4 (online), 2020
※M. Lechner, et. al. Anosmia and hyposmia in health-care workers with undiagnosed
SARS-CoV-2 infection. Lancet Microbe, 1, 4, e150,August 2020.
●今日の治療指針(医学書院)